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福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)45号 判決 1978年7月25日

原告

伊藤堅一

原告

伊藤ヨシ子

原告ら訴訟代理人

多加喜悦男

外三名

被告

北九州市

右代表者

谷伍平

右訴訟代理人

松永初平

主文

一  被告は、原告伊藤堅一に対し金一、四二二、一九五円及び内金一、二二二、一九五円に対する昭和五一年九月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、原告伊藤ヨシ子に対し金一、二二二、一九五円及び内金一、〇二二、一九五円に対する昭和五一年九月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らのその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告ら、その余を被告の各負担とする。

四  本判決第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告らの二男伊藤強(昭和四二年一一月二六日生)は、北九州市小倉南区中曽根一、〇八〇番地所在曽根小学校三年に在学中の児童であつたが、昭和五一年九月二四日昼休み時間中の午後一時三〇分頃、被告の設置管理する公の営造物である同校校舎南棟三階廊下北側窓から中庭に転落して即日死亡し、本件事故が発生したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、強は、その所属する三年八組(三階)の教室横廊下において、同級の女子数人とその頃校内で流行していた「高鬼遊び」(少しでも高い所に逃げれば鬼につかまつても鬼にならないという遊び)なるゲームに参加し、その逃げ手となつたので、右廊下北側窓際の傘立を踏み台として、これに接して設置された下足箱の上にあがり、開放されていた窓を背にして鉄棒に腰を掛けた際、仲間の女生徒から「危いから降りなさい。」と注意されたので一旦は廊下に降りたが、再び右同様な方法で下足箱の上にあがり、<右鉄棒>に腰を掛けているうち、身体のバランスを失つて後方中庭に向け転落したものであることが認められる。

二そこで、本件施設の設置又は管理に瑕疵があり、本件事故がこれにより発生したか否かについて判断する。

(一)  先ず、本件施設の設置状況についてみるに、三階廊下北側の窓は、廊下の床から窓の下部(窓枠)までは約1.2メートルの高さがあるものの、その窓際に高さ四〇センチメートルの傘立と、それに接して高さ九二センチメートルの下足箱が設置されており、傘立は鉄製、下足箱は木製のいずれも頑丈な造りであつて、窓際の壁面にしつかりと固定され移動不可能なものであり、下足箱の上面から五八センチメートルの高さのところに窓を横切つて鉄棒が一本固定されていることは、すべて当事者間に争いがなく、検証の結果によれば、窓の錠は廊下から一八五センチメートルの高所に設けられているため、背の低い児童は下足箱の上にあがらなければその開閉をすることができないこと、下足箱の上にあがるには傘立と下足箱が一種の階段として利用され易い構造になつていること、がそれぞれ認められる。

(二) ところで、公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、当該営造物の通常の利用者の判断能力や行動能力、設置された場所の環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮したうえで、当該営造物が具体的に通常予想され得る危険の発生を防止するに足りると認められる程度の構造、設備等を欠いている状態をいうのであり、本件小学校校舎の如き施設については、これを利用する児童の危険状態に対する判断力、適応能力が低いことを顧慮し、特に高度の安全性が要請されているものであり、就中廊下は、児童の遊び場として事実上利用される可能性が極めて強いものであるから、本件の如き廊下の施設については、その構造はもとより、設置箇所についても細心の注意を払わなければならないのである。

これを本件についてみるに、前記認定の如き本件施設の設置状況によれば、傘立の上から下足箱の上への移動は一種の階段状になつていて、背の低い児童にとつても下足箱の上にあがることは容易であり、判断力が乏しく冒険心に富む小学校三年生程度の児童の中には、窓の開閉や遊び場のため下足箱の上にあがつた際、開いた窓を背にして鉄棒に腰を掛けようとする者がいることは当然予測され、かかる場合に身体のバランスを失つて窓外に転落する危険性が大きいことはいうまでもないことであるから、本件施設は、その相互の位置関係において、右の如き児童が窓外に転落する危険性のある構造を有しているものといわなければならない。従つて、被告としては、児童が容易に下足箱の上にあがれないような設備をするか、傘立と下足箱を廊下の反対側(教室側)に移動すべきであり(もつとも、<証拠>によれば、下足箱を教室側に設置することは教室内の採光上望ましくないというのであるが、検証の結果によればそのようには認められない)、仮にかかる工事が不可能であるとすれば、本件施設のうち窓の開閉はすべて教職員が行い、教職員の監視が行き届かない昼休み時間中などには窓を閉めることを励行して(<証拠>によれば、本件事故当時までは、曽根小学校の児童の中には学校の指導に反し下足箱の上にあがつて窓の開閉をする者が多かつたが、本件事故後は教職員が責任をもつて開閉するよう厳しく指導されていることが窺われる)、窓から児童が転落する危険の発生を防止すべき義務があるといわなければならないのに、本件事故当時危険防止のための措置は何らとられていなかつたものと認められる。

そうすると、右の如き危険な構造を有する本件施設は、その設置自体に瑕疵が存するものというべきであり、またそれにも拘らず、何ら危険防止のため適切な措置をとらなかつた点において、その管理にも瑕疵があつたということができる。

(三)  そして、本件事故と本件施設の設置及び管理の瑕疵との間に相当因果関係があることは、既に説示したところによつて明らかであるから、被告は国家賠償法第二条一項に基づき、本件事故によつて強及び原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

三進んで、本件事故により強及び原告らに生じた損害について判断する。<中略>

(三) 損害の填補

原告らが昭和五一年一〇月一二日本件事故に関し訴外日本学校安全会から死亡見舞金二、〇〇〇、〇〇〇円の給付を受けたことは、当事者間に争いがないところ、右給付金の性質につき争いがあるので、この点について判断する。

日本学校安全会法及び関係諸法令によれば、日本学校安全会(以下「安全会」という)は、学校安全の普及充実を図るとともに、義務教育諸学校等の管理下における児童、生徒等の負傷、疾病、廃疾又は死亡に関して必要な給付を行い、もつて学校教育の円滑な実施に資することを目的とする(同法第一条)ところ、安全会の行う右給付は、学校の設置者が児童、生徒等の保護者の同意を得て安全会との間に締結する災害共済給付契約により行うものであり、契約を締結した学校の設置者が安全会に対して支払う共済掛金をもつて右給付の源資とするが、義務教育諸学校の場合、右共済掛金のうち五割前後を学校の設置者、残りを保護者から徴収することとされているほか、右事務運営につき国や都道府県の補助も予定されているのであり、従つて安全会の災害共済給付制度は、国、都道府県、学校の設置者及び児童生徒等の保護者の協力による共済制度としての性格を有するものということができる。

ところで、右災害給付のうち死亡の場合に支給されるのは死亡見舞金と称せられるけれども、右給付が実質的に死亡により生じた損害を填補する機能を有することは否定できないのみならず、安全性は、右給付事由が第三者の行為によつて生じた場合において、給付を行つたときは、その給付の価額の限度において、当該災害に係る児童等が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得し(同法第三七条)、逆に、右児童等が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、その価額の限度において、給付を行わないことができる(同法施行令第二条第三項)と定められているのであるから、かかる規定の趣旨から判断すれば、法は右給付が損害賠償の性質をも有することを前提にしているものと解せられる。

従つて、原告らの受領した前記金二、〇〇〇、〇〇〇円は、金一、〇〇〇、〇〇〇円ずつ原告らの前記損害賠償請求権から控除されるべきであり、そうすると、原告らの被告に対する損害賠償請求権の残額は、原告堅一につき金一、二二二、一九五円、同ヨシ子につき金一、〇二二、一九五円となる。

<以下、省略>

(谷水央 斎藤精一 杉山正士)

別紙<省略>

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